第十九篇 秤等す夢幻の理想郷 U
著者:shauna


 シルフィリアはひとり別方向に向けて走り出し、残った3人はファルカスを先頭にして大聖堂へ一直線に向かう。

 まず襲い掛かって来たのは下級魔族“スカルヘッド”の大群だった。

 それも、いちいち数えるのもめんどくさくなるぐらい大量の・・・


 「任せて!!!」


 そう言ったロビンが一気に前に躍り出て、手もとの魔法薬を投げつける。
 投げつけられた大きめのビンが割れ、辺りに薄い紫色の液体が飛散した。

 それを確認したロビンは、

 「炎上(フランメル)!!!」

 杖を構え、そう唱える。
 途端に、地面に散らばった魔法薬が一気に火の柱を吐き出した。

 立ちあがった炎はスカルヘッドの大群を包み込む程の巨大な炎の海。
 それはまるで遊園地の大がかりなショーのように一瞬の出来事だったが、それでもその場のスカルヘッド達はすべて炭になり崩れ落ちた。

 「ロビン・・・お前って・・・実は意外と凄い?」

 ファルカスの問いかけに当の本人は薄く振り返り・・・

 「忘れたんですか・・・僕だって・・・魔道学会の魔道士なんですよ・・・」

 と微笑んだ。

 「それに、敵を引きつけるなら攻撃は派手な方がいいでしょう?」
 「・・・それも・・・そうだな・・・」

 ロビンの一言にファルカスも腰から剣を抜く。
 
 「サーラ。サポート頼む。」
 「あ・・・うん・・・」
 「右側はお願いしますよファルカスさん。」
 「まさか、お前と組むことになるとはな・・・」

 2人はそう言い合い、軽く男らしく片手でハイタッチし合うと、再び未だ大量に残るスカルヘッドの大群の中へと消えていった。

 「う〜ん・・・なんか、男の子って感じだよね〜・・・」
 「サーラ!!!援護!!!」
 「あ!!はいはい!!!」

 ファルカス達の居る東の空は他よりも明るい色に染まっていた。


 一方のシルフィリアはというと、時には隠れたり時には走ったり、どうしようもなければ普段からは考えられない程重く感じる剣を何とか振り回して敵を牽制しながら、なんとか目的の場所の近くまでたどり着いていた。

 正直、街に蔓延していた下級魔族から身を隠しながらの移動はかなりの労だったが、このぐらいのことは幻影の白孔雀時代に経験済みだ。
 あの頃に比べれば別にどうということはない。

 
 まあ、強いて問題点を言うとするなら・・・


 そう思いつつ、シルフィリアはやっとの思いで辿り着いた目の前の塔を見上げた。
 それはインフィニットオルガンの置かれた聖堂の丁度裏側に位置する関係者専用の裏口で、そこの鍵を壊してなんとか入った大鐘楼台への入り口だった。

 これを一番上まで昇ると、大鐘楼のさらに上に位置する展望台があり、そこからはこのフェナルトシティを一望できる。

 通常なら一番上までは魔法籠で行けるのだが、聖堂内の魔力が全て魔力を吸収する働きのある”水の証”に吸収され、インフィニットオルガンの起動エネルギーとされている今、籠は使えない・・・




 ・・・ということは・・・



 シルフィリアの目の前にあるモノ。

 それは、見る者を圧倒する螺旋階段。

 高さにして150m。段数は600段。

 「まったく・・・空も飛べないなんて・・・人間とはなんて不便なんでしょうか・・・しかも・・・」

 思わず階段を見上げて恨めしい視線を送ってしまう。

 「病み上がりの女の子にこれが昇れと?・・・しかも10分以内に・・・って・・・どんな拷問ですか・・・」
 まあ、一応愚痴ってみるモノの、言った所で魔法籠が動くはずもないので、あきらめて、すぐに階段に向かって駆けだしたのだった。




 そして、約30分の後・・・

 そこそこの体力をつかったところで、ファルカス達はようやく大聖堂の巨大な扉へと辿り着いた3人は息切れもそこそこにすぐに聖堂の中へと入る。
 
 いや・・・それはちょっと過小表現しすぎたかもしれない。なにせ、3人だって無事というわけにはいかなかった。ファルカスは僅かな隙を突かれて、腹部に一斬食らってしまい、血を流してしまっていたし、ロビンも頬と腿にそれぞれ傷を負ってしまった。唯一サーラは無傷だったが、これから起こる戦闘のことを考えたファルカスが自分達の傷の治療はしないようにと言った為、したくとも治療はできない状態だったのだ。



 中に入ると同時に、エクスカリバーの放つ、禍々しい魔力が肌につきささるようだった。

 ファルカスが居を消して中に入り、そっと中を覗く。

 まず目に飛び込んで来たのはインフィニットオルガンを奏でるクロノの姿だった。だが、明かりが消され、それ以上の様子を見ることはできない。

 「サーラ・・・」

 ファルカスが静かに尋ねる。
 それに応えるようにサーラが目を閉じ、精神を集中させた。

 「・・・2人とも聖堂の中に居る・・・」

 それがサーラの答えだった。
 人の心が読めるサーラにしてみれば、暗闇の中に人がいるかなんて簡単に判断できる。さらに、サーラは続ける。

 「・・・中に魔族は居ないみたい・・・中に入り次第、私が結界を張って、魔族が入って来られない様にするね。後、支援もする。」
 「じゃあ、俺はシュピアだな。」
 「じゃあ、僕はリオンを牽制しつつ、シュピアさんにも仕掛けます。」
 「いい?・・・シルフィリアさんも言ってたけど、無理はしないこと。状況がマズくなったらすぐに逃げる。例え、他の人たちが戦っててもね。」
 
 「「ああ・・・」」

 「ここから先は念話で会話するよ。」

 
  そうサーラが告げると同時に一気に脳内に声が流れ込んでくる。

 (ファル・・・何か作戦は・・・)
 (正面から堂々と・・・)

 ニヤッとした笑いの後に、ファルカスは腰のエアブレードを抜いた。





 ハァ・・・ハァ・・・

 最早、血反吐を吐く寸前だった。
 身体のあちこちが痛いし、足ががくがく震える。

 もう心臓なんて爆発しそうで、関係のない眼球すら痛かった。

 ハァ・・・ハァ・・・
 まったく・・・これだから人の体というのは・・・

 一気に最上段まで昇りつめたシルフィリアはなんとか持っていた高級品の魔法長杖(スタッフ)を文字通り杖にして立っている状態だった。


 正直もう何もしたくない・・・死ぬほど苦しい。


 だけど・・・


 大鐘楼の間を何とか通り抜け、最後に辿り着いた階段を一段一段踏みしめながら爆発しそうな心臓を手で押さえ、なんとか一番上の展望台を目指す。

 

 すべては愛する友の為に・・・
 
 なんて恥ずかしい事は言わない。


 ただ、絶対に殺させたくはなかったのだ・・・ファルカス達だけは・・・・











 長い間魔道士をしていると・・・人が放つ仄かな光を見るようになる。それが、人の中に眠る魔力核(ニュークリエス)の放つ光だということを知ったのは何時のことだったか・・・そして、この光は・・・人が消えゆくとき・・・つまり、死ぬ時に最も強い光を放つ。さながら沈む太陽・・・夕陽の如く・・・。

 しかし・・・ごく稀に・・・おおよそ一万人に一人ぐらいの確率で・・・最後に消えゆく時のような・・・一際大きな輝きを持つ人間が存在する。そして、知ってか知らずか・・・その光を宿す人間は必ずある一種のカリスマ性を身に付ける。それは人を引き付ける魅力。つまりは夜の篝火みたいなものだ。その周りにはたくさんの虫が集まってくるように・・・

 そして、その光を宿すモノはとりわけ目立つ。まるで、石ころの中に一つだけ宝石を混じらせたように・・・まるで、木刀の中に一本だけ名刀を交えた様に・・・
 


 そして・・・その光を最後に見たのは・・・まさに



 つい半日程前のことだった。

 幻影の白孔雀達と剣を交えたその時・・・。
 その時にただひとりだけ・・・その光を宿す者がいた・・・。



 それは幻影の白孔雀自身?・・・違う!

 では、後ろで見ていたあの金髪の剣士?・・・違う!!

 出来そこないの魔道士であるロビン?・・・違う!!!





 そう・・・その光を宿していたのは・・・



 青白く光るその光を宿していたのは・・・。


 あの魔法医の小娘だった。
 初めは信じられなかった。なぜあのような脆弱で弱い物があのような光を放てるのか・・・。
 その光は酷く微弱だった・・・だが、それが証明していた・・・。
 彼女は私やリオンやクロノ・・・それだけじゃない・・・白孔雀やあの金髪やロビンにすら持ち得なかった力・・・人を集めるカリスマ性を秘めているのだと・・・

 だが・・・その一方でその光は今まで見た誰とも違っていた。
 言うならば、攻撃的では無い。それだけではない・・・儚くも、消えそうでも、寂しげでも無い・・・。言うならば・・・そう・・・雪の夜に立てられた一本の蝋燭のように・・・その光は小さいけれども柔らかく温かく・・・どこか懐かしさすら覚えた・・・。


 タダでさえ宿す人間が少ないというのに、その中であってもあの小娘はかなりの異質だった。

 
 だからこそ思ったのだ・・・。
 もう一度あの光を確かめてみたい・・・そして・・・




 壊してみたいと・・・・


 そして、それに対して、世界は本当に面白く出来ていた・・・。
 こちらから探しに行くまでもなく・・・わざわざ向こうから・・・壊されにやってきてくれるなんて・・・。


 インフィニットオルガンによる演奏を終え、さらに大量のデーモンを召喚し、シルフィリアを追い詰め、聖蒼貴族を手中に収める準備が整った所で、彼らはタイミングよくこちらの巣に紛れこんでくれた。



 今はどうやら神も味方らしい。


 シュピアはそう思い、口元の笑いをさらに強める。

 
 「まったく・・・人が一仕事終えてる間に無粋な連中が入り込んだものだ・・・。」


 そう言うとシュピアはゆっくりとした足取りで、聖堂の入口の扉の方へと向かう。

 「出ておいで・・・。そんな所に隠れてちゃ、顔も見れないじゃないか・・・。」
 その言葉に仕方が無いと言った様子で、柱の陰からゆっくりとファルカスが姿を現した。


 「どうしたんだい?他の2人も出ておいでよ・・・。」

 その言葉にサーラとロビンも静かに姿を現す。

 そして・・・



 『退魔結界陣(ホーリー・フィールド)!!』


 姿を現したと同時にサーラが呪文を唱える。

 術の効力が発動し、大聖堂の壁やガラスや美しいステンドグラスまでもが薄い膜で包まれるようにスッと覆われた。
 
 「なるほど・・・考えたね・・・。」

 と、シュピアが応える。

 「退魔結界陣(ホーリー・フィールド)・・・それもこの聖堂を覆い尽くす程とは・・・。なるほど・・・これで魔族も入ってくることはできないというわけだ・・・。」
 納得したように頷くシュピア。


 「まったく・・・素晴らしいよ・・・君達の才能には驚かせてばかりだ・・・。いやはや・・・幻影の白孔雀だけでなく、これはかなりの収穫だね・・・。」

 ふと・・・
 「そう言えば、シルフィリアはどこに行ったんだい?」
 シュピアの問いかけにファルカスは「さぁな・・・逃げたんじゃないのか?」と答えた。





 階段を昇り、さらに手すりに足を掛けて鐘楼塔の屋根に上ると、初夏のさわやかな風が迎えてくれた。
 その風に髪をなびかせながら、シルフィリアは呼吸を整える。

 よし・・・ここなら町全体が見える・・・。

 ファルカス達も上手く敵を引きつけてくれているようで、空の敵も全て聖堂の中へと視線を注いでいる。

 詠唱するなら今しかない・・・

 シルフィリアは落ち着いた面持ちで、深く深呼吸をして、ポケットからカプセル役を取り出した。魔力増強剤である。

 それを口に含み一気に飲み干すと・・・

 すぐにその場に蹲った。
 まるで心臓発作のように苦しげな表情のまま、しばらくその姿で悶絶する。


 「まさか・・・これほどとは・・・」


 悔しそうなシルフィリア・・・その顔は冷汗でぐっしょりと濡れていた。
 まあ、当然と言えば当然だ。なにしろ、魔力増強剤というのは簡単に言ってしまえばドーピング。体の中に存在する魔力核(ニュークリエス)の働きを一気に高め、魔力を一時的ではあるものの爆発的に増やす薬である。

 しかし、それはつまり血管に血液を爆発的に一気に流す行為に等しい。
 そんなことをすれば過度な血液を送られたことにより血管は圧迫され、破裂寸前となった血管は痛みという形で悲鳴を上げる・・・。全身で・・・。

 しかも、これからもっと痛い事をしなければならないと思うと、シルフィリア自身嫌で嫌で仕方が無かった。
 

 「だけど・・・やるしかないんですよね・・・」


 痛みに少し慣れてきた所で、シルフィリアはゆっくりと立ち上がり、静かに魔法杖を構える。そして・・・

 ―聖蒼ノ鏡(ヤタノカガミ)―


 そう心で念じると、彼女の左目の瞳の色が変化した。

 まるで磨き上げられた黄金のような美しい金色・・・。右目と合わせるとサファイアとイエローダイヤモンドのような美しいコントラストを描くオッドアイ。だが、その美しさとは裏腹に・・・

 シルフィリアの顔はまるで焼かれているような苦悶に満ちる。
 
 変化した左目が死ぬほどに痛いのだ・・・。
 まるで眼球に溶けた銅をそのまま流し込まれているかのように・・・。


 しかし・・・この痛みに耐えなければ力を使うことはできない。必死にその痛みを堪え、シルフィリアは念じた。

 
 ―今、自分の居るこの塔・・・ここから見える景色すべてを我に見せよ―


 そう念じると同時に、まるでパノラマ写真の如く視界が一気に開ける。そして、やがてその端と端が繋がった。実に360度の視界である。


 
 ヤバい・・・本当に失神する程に痛い・・・

 でも、聖蒼ノ鏡(ヤタノカガミ)を止めるわけにはいかない。なにしろ、今から行う魔法の効果は見える範囲だけ・・・。なれば、すべてを巻き込みたいなら全てを見なければならない。
 そう思いながらもシルフィリアはなんとか意識を保ちつつ、術の詠唱に入った。

 震える手で静かに杖を構え、呼吸を荒くしながら初めの一句を紡ぐ・・・。
 

 『天を造りし聖蒼の王(ラズライト)の御名において その知恵を我は行使する。我は御身の代行者たらんことを宣言する者なり 開け 聖界の門』



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